地震保険コラム第3話|地震保険を検討中の方へ【SBIリスタ少額短期保険】

地震保険コラム「地震で貯金0?」

第3話 大地震後の厳しい現実

政府はこう考えた。
阪神大震災で家を失ってしまった人々の多くは、「お上(国)が助けてくれる」という期待をもっていましたが、残念ながら、被災者の声は聞き入れられませんでした。

当時の政府(村山内閣)の説明は「自分の財産は自分で守りなさい。天災は誰の罪でもない。そういう時のために損害保険がある」と「自助努力」による再建を強調したものでした。

「個人の私有財産の補填」あるいは「個人資産への公的資金の投入」は憲法違反にあたるというのがその理由です。

しかし、当然ながら、地震で家を失った後に地震保険に加入することはできません。
マスコミも、被災者の置かれた状況をまったく無視したコメントとして強く非難していました。

当時、関西方面で大地震が発生すると考えていた方は非常に少なく、地震保険の募集や制度の説明も積極的に行われていたとは言える状況ではありませんでした。

兵庫県での損害保険会社の地震保険の世帯加入率はわずか4.8%だったのです。
100世帯中95世帯以上は、保険に加入していませんでした。

大地震が発生した後に、大半の被災者が地震保険に加入していないことをわかっていながら、頭ごなしに「地震保険に入っていなかったあなたが悪い」という説明は、途方に暮れている被災者の感情を無視したものと言わざるを得ないでしょう。

さらに、このコメントの致命的な問題点は、地震保険に加入していたとしても、地震保険で補償される金額は、火災保険の保険金額の半分までしかないという点が抜け落ちていたことです。

火災保険の保険金額というのは、まさに自分の財産である家の価値と同じ金額を設定するのが通常ですので、その半分の補償額ということでは、とうてい自分の財産を守るのに十分なものではないのです。

結局のところ、国からの支援金は、あくまで震災見舞金として全壊の場合には最高100万円、半壊の場合には60万円が支給されるにとどまり、家を再建するためには、これを元手に銀行から住宅ローンを借りるしか方法はありませんでした。

今日では、被災者生活再建支援法という法律が整備されており、住宅を失った被災者に対しては、最高300万円が支給されるようになっているので、阪神淡路大震災当時と比べれば被災者支援策が改善されています。
東日本大震災においても、住宅を全壊、流失した被災者には最高300万円が支給されています。

ただし、当然のことながら300万円では家は建て直せませんので、地震などの自然災害で住宅を失った場合の再建費用は、「自助努力によって備えておかなければならない」という状況は変っていません。

さらに失業も
阪神淡路大震災が被災者の方々から奪ったものは、人命、家だけではありませんでした。
自営業者の方々や、地元の店や工場で働く人々の中には、同時に仕事を失うこともありました。

阪神淡路大震災発生から半年後の時点では、神戸市内の完全失業率は、戦後最悪の6.9%と発表され、震災による失業者の数は4万人とも10万人とも推計されていました。

幸いにも失業されなかった方々については、雇用調整助成金制度の「特例措置」が講じられたおかげで、会社からの給与の未払いという問題に苦しまれることはあまりなかったようです。

この特例措置では、やむを得ず休業に追い込まれた事業主に対して賃金等が助成され、事業主はこれを社員に対する給与に充てることができました。
会社が休業中でも社員として雇用関係が続いていれば給与はある程度補償されていました。

3年後の余震
被災地における失業の深刻な問題が表面化してきたのは、実は、震災から3年が経過したころからでした。

3年が経過した98年は、震災で破壊された街の復興のための復旧関連の需要もピークを過ぎており、企業に対する各種助成金が打ち切られた時期です。

98年1月から11月にかけて、兵庫県内では、負債総額1,000万円以上の企業の倒産件数が前年同期の1.4倍に増加し、経済苦による自殺者数は、前年同期の2.5倍に急増しています。

98年は、消費税率アップを引き金とした全国的景気後退が始まった年でしたので、全てが震災の影響と言い切ることはできません。

ただ、98年の兵庫県の失業率が全国平均の失業率よりも、1.4ポイントも高かったこと、倒産件数の対前年増加率が全国平均の倍以上であったことに注目すれば、震災の影響と考えるのが自然ではないでしょうか。

震災による失業の問題について言えば、震災からの復旧・復興に向けて企業が手厚く保護される災害直後ではなく、復旧が一段落した数年後に本格的に表面化することが一つの特徴と言えるのかも知れません。

東日本大震災においても、水産業、農業、製造業などが深刻なダメージを受けました。

高齢化と生産年齢人口の低下、社会保障費の増大、輸出産業の競争力低下による経常収支のマイナスなどに起因し、国債が暴落し、スタグフレーションが発生していないことを祈るばかりです。

突然の負担に耐えられますか?
阪神淡路大震災直後の高速道路の倒壊や住宅街の火災、倒れたビルや家屋については、写真や映像でもたびたび報道されていたので、ご記憶の方が多いと思います。

ただ、残念なことに、震災から3年も経過すると被災地に対するマスメディアの注目度が薄れてしまうためか、「二重ローンなどの多額の債務を背負ったまま失業してしまう」という話は、あまり伝わらなかったようです。

被災者の方々の経済的なご苦労が、震災の悲劇の後、何年も、何十年も続いているという現実については、住宅ローンを借りていなかった方々も同じでした。

ローンを払い終え、老後の生活をゆっくり過ごそうと思っていた方々の場合には、突然家を失ってしまったために借家を探すことになりましたが、すでに仕事を引退して定期的収入がない中で、貯金と年金の中から、それまでは考える必要もなかった家賃の工面を強いられることになったのです。

「仕事と家を失ってしまいました。さて、あなたはどうやって生活を続けていけばよいでしょうか?」

これが阪神大震災で現実に突きつけられた問題だったのです。

そして、東日本大震災では、まったく同じ問題が発生してしまいました。

多額の住宅ローンを抱えたまま、家を失い、仕事も失ってしまう悲劇が、また繰り返されてしまいました。

阪神淡路大震災のときにすでに起きていたこの問題が、もっと広く認知されていれば。

そう考えずにはいられません。

さて次回は、これまでにお伝えしたような地震の被害や支援の現状を踏まえて、自分が何を考え、なぜこの会社をつくったのかについて、簡単にお伝えしたいと思います。



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